ダンジョン突入前日

 ベルトたちは順調に目的地に到着した。  西のダンジョン……その最寄の町だ。  予定では、夕方に町に到着。夜明けと同時に西のダンジョンに潜るはずだった。  「……なんだ? これは?」  馬車の窓から外を眺めて呆気に取られる。  不意にドンと、その窓が叩かれる。 1人ではない。  10人? 100人? いや、それ以上の人間が馬車を取り囲み、あちらこちらを殴っている。  悪意ある打撃ではない。むしろ、逆……異常な熱量を持った歓迎。   持て余した感情を表現するために、文字通りエネルギーを叩きつけている。  言葉にするならば、熱狂による狂乱。  「これ、完全にバレちゃってますね。 我々が勇者を救出に来たって事を」  ギルド職員のソルは、なぜだか照れたように笑った。  ベルトは「あー こいつ、自分達のミスを笑って誤魔化しているなぁ」と理解した。  おそらく、ギルドから情報が漏れたのだ。  ベルトは「チッ」と舌打ちを1つ。  「仕方がない」と|雑嚢《ざつのう》から黒い布を取り出した。  そのまま顔に巻き付けて、口元を隠した。  「メイルも、これで顔を隠せ」  ベルトは雑嚢から仮面を取り出してメイルに渡した。  「えっと……これは?」  メイルは渡された仮面を凝視してしながら聞いた。  まるで呪われているかのように不気味な仮面だった。  「念のために顔は隠しておけ、俺は暗殺者だ。 勇者の仲間になった……世界を救った……それだけじゃ許されないほど汚れ仕事も請けてきた」  「……お兄さんを恨んでいる人が沢山いると言う事ですか?」  「あぁ……お前にも迷惑がかかるかもしれない」  「迷惑なんて! そんな事ありません!」  ベルトはメイルの怒りを抑えるように頭を優しく撫でた。  「けど、多くの人の素顔を晒すのは危険だ」  「はい、それは分かりました。でも、馬車で顔を隠しても意味がないのではないでしょうか? たしか、外から覗いても見えない素材のガラスを作られている窓と聞きました」  「いや、このまま馬車に乗っていても前に進まない。 馬車とソルを置いて、先に宿へ行くぞ」  「えっ!?」と声を上げたのはソルだった。  「ちょっと、ちょっと! この馬車から外に出るつもりですか? それこそ揉みくちゃにされますよ!」  「俺とメイルは大丈夫だ。後は任せたぞ」  何か言いかけたソルを無視して、ベルトはメイルを抱きかかえた。  「少し、きついぞ。しっかり、掴まってろ」  「は、はい。できれば、掴まっていたいです」  「?」とメイルの返事に疑問符を浮かべたベルトだったが、それも一瞬の事。  ベルトは馬車のドアを蹴り開けた。  その姿に周囲の群集は動きを止め、声援を送ろうとした。  しかし――――  群集は動きを止めたままだった。  彼らの制止したのはベルトから放たれている高濃度の殺気。  皆の脳裏に、自信が殺される鮮明な映像が流れ込んできて――――  「メイル、飛ぶぞ!」  「は、はい!?」  ベルトは馬車の屋根に飛び乗ると、さらにジャンプ。  一瞬で人々の視線から姿を消し、周辺の建物に忍び込んだ。  残された者たちは、一斉にため息をついた。  ベルトの洗練された動きに対して、感動や驚愕によるため息……ではなかった。  死から解放された安堵のため息だった。  そして、馬車に1人だけ残されたソルは――――  「ちょっと! 僕はどうすればいいんですか!」  ベルトが消えた方角に向けて叫んだ。

ブックマーク

この作品の評価

2pt

Loading...