夜暗の忍 | 第2話 富を呼ぶ札に群がる男たちの隠された顔
ケンタシノリ

その6

 数日後、岡嵜町の玉岡寺では多くの町人衆が所狭しと集まってきた。彼らがここへきた目的、それはこの寺で『富突』なるものがこれから行われるためである。  甚三郎も人混みの中で、勢蔵から受け取った富札を握りしめながら待っている。  そんな中、木兵衛は町人連中に交じりながら、六左衛門たちの様子をうががっている。あくまで、富突の当たり札を見る振りをしながらであるのは言うまでもない。  境内のお堂では、富師の六左衛門が天辺に穴の開いた木箱を正面に置くと、その周りに家臣らしき侍が四方を囲むように正座している。  読み上げ担当の侍が、開口一番に富突の始まりを告げると、町人衆から大きな歓声が上がった。  六左衛門は、木箱の天辺の穴に錐を入れて突くと、番号の書かれた札が出てきた。 「1本目! 松の962番当たり~!」  一の富が読み上げられると、境内に大きな歓声が沸いた。寺に集まった人々の中に当たり札を持っている人はいるだろうけど、誰が当てたのかは知る由もない。  余韻が鳴りやむと、富師が木箱の天辺から錐を差し込んで札を取り出した。町人たちのどよめきは、二の富、三の富と次々と読み上げられるたびに続いた。  ちなみに、一の富の当たり金は100両である。二の富が金20両、三の富は10両というわけだから、一の富を当てたら盆と正月が一緒にやってくると例えられるのも無理はない。  多くの人で賑わう中、甚三郎はなかなか当たり札に恵まれていない。それでも、今回は百番富まで行われるだけに、一途の望みをつなごうと読み上げするのを待っている。  けれども、甚三郎の頭の中では、次第に重々しい空気に包まれるようになってきた。金2分程度の『花番』ですら手に届かない有様にこうつぶやいた。 「頼む! 最後の百番富に賭けているんだ」  そんな時、六左衛門は木箱の天辺から入れた錐で突いた札を上げた。 「最後の100本目! 竹の2475番当たり~!」  読み上げ人の言葉に、甚三郎は自ら持っている富札を思わず覗き込んだ。すると、その1枚に同じ番号らしきものを見つけた。 「2475番って、もしかして……」  百番富を当てると50両をてにするとあって、甚三郎の期待は高まるばかりである。そんな甚三郎が、興奮を隠すことなくその札に目を通した時である。 「そ、そんな……。竹ではなく梅だった……」  一瞬にして落胆した甚三郎が見た富札に記された番号は『梅の2475番』である。同じ番号といえども、印違いで浄土と地獄に分かれるのは、富突が行われる境内で時折見かける光景である。  富突が終わった後の町人衆の表情は人それぞれである。当たりを引いた威勢のいい男たちの横で、甚三郎は肩を落として寺から出ようとしていた。 「考えても見たら分かるわなあ……。そんな簡単に富札が当たるような甘い世界じゃねえし」  甚三郎は、自らに言い聞かせるようにつぶやきながら去って行った。  この様子を注意深く見ていた木兵衛は、本堂のほうへ振り向いた。そこで目にしたのは、六左衛門が桟敷に正座する侍と談笑している姿である。 「うまくいったようだな」 「町人連中は気づいていないようです」 「それよりも、例の横流しの件はどうなんだ」 「大丈夫ですよ。河原林殿が受け取った富札は、全部当たり札であると伝えていますので」  富突の興行主が小声で伝えたそれらの言葉だが、木兵衛は会話の内容を聞き逃すことはなかった。 「あの木箱に入っていた札は、あらかじめ当たり札の数と同数しか入れていなかったのか。いくら横流ししようとも、相手が旨味を感じなかったら何の意味を為さないからな」  木兵衛は本堂のそばに身を潜めながら、六左衛門たちが発した内容を整理していた。  その日の戌初、いつもの隠し部屋にて陽と影の2人が顔を合わせた。  ろうそくの灯に照らされた中、陽は玉岡寺での富突にて収集した内容を影に伝えた。 「やはりそうか。横流しした富札が全て当たり札なら、これほどの美味しい話は手放したくないだろうな」 「お互いの利害も一致するだろうし、当たり札についても事前に仕組んだんじゃないかと思うけど」  陽は、六左衛門による河原林への横流しに関してさらに言葉を続けた。 「単刀直入に言うと、河原林の狙いは金だ。こればあくまで噂だが、長崎奉行に就任するためには少なくとも2000両の賄賂を要するそうだ」 「賄賂って……。意次の時代じゃあるまいし」 「そうだと思うだろ。けれども、定信も同じ穴のムジナさ。旨味がある役職であればあるほど、賄賂は常態化しているからなあ」  富札の横流しの目的は、河原林の長崎奉行就任を目指すために金を作ることが目的だと陽は推測した。 「富めるものはますます富んで、貧しきものはますます貧しくか……」  影が言葉を吐き捨てたのを聞いて、陽はあのことを思い起こした。 「ところで、甚三郎の件ですが……」 「あの甚三郎か?」 「そうだ。玉岡寺の富突にもきていたが……」 「全て外れたということか……」  甚三郎の名前を出した陽は、その後の足取りが気になって仕方がない。 「甚三郎の身に何もなければいいけど……」  そんな陽の心配が現実のものとなるのに、そう時間はかからなかった。

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