014 【 壁への道 前編 】

 道中は山頂から下りる時にも乗った飛甲板。  ふわりと浮き上がり、意外と速い速度で動く。時速は50キロから60キロと言った所だろうか。  操縦者も同じく下乳のお姉さんだ。  他の同乗者は、後部に相変わらずほぼ全裸の男2人、オルコス、それに沢山の負傷兵と救護隊らしき白い服の兵士が数名。  オルコスが付いてきたのは、自分がやはり訳ありだからだろうか。  負傷兵と会話するわけにもいかず、オルコスと「あれ何ですか?」「鳥だよ」「あれ何ですか?」「木だよ」「あれ何ですか?」「草だよ」などと全く意味のない会話をしながら時間だけが過ぎて行く。    話によると、途中リアンヌの丘で負傷兵を下ろして一泊。翌日代わりに帰還人員を乗せその日の夜に到着するらしい。  負傷兵を乗せ続けないのは、さすがにこれで連続して移動させると危険だからであろうか。    前回と違い、今回は床の上には麻布がかけられ、上には天幕もつけられている。  それでも日差しはきつく、地面との照り返しが鉄板をじりじりと焼いて熱い。  健康な自分でもきついのだから、負傷兵にはなお堪えるだろう。手持無沙汰なので、たまに後ろの救護兵の手伝いをしては、また暇を持て余す。    それにしても――人骨が多い。  道中は起伏にとんだ、少し草がある程度の荒れ地の連続だ。何も変わり映えのしない景色が永遠と続く。  だが、そこにはあちらこちらに人骨が散乱していた。しかも山のように積まれている場所が幾つもある。何千……いや、何万人死ぬと、これほど沢山の人骨が残るのだろう。   「この辺りは腐肉喰らいの領域と呼ばれていたんだ……」  負傷兵の一人が言う。 「もう解除されているはずだが、死体を片付ける余裕なんてないからな。ああやって放置してあるのさ……」  領域と解除、聞きたい事ではあったが負傷兵に聞くの憚られるのでオルコスに――寝てるし。  そんな訳で、“仕方なく”操縦席のお姉さんの所へお邪魔することにした。  決して、やましい気持ちがあったわけでは無いと念押ししておこう。 「どうも、お邪魔します」   「ああ、あんたかい。たしかティランド連合の国王様やコンセシールの評議委員長と一緒にいたやつだったね。一人だけ浮いてたからよく覚えてるよ。聞いたよ、あんた記憶がないんだってね。まあ新しい人生歩めるって考えれば悪くないよ、気にすんなって!」  相変わらず、見た目は清楚で美人なのに口が悪いな……。   「お忙しいところすみませんが、お尋ねしたいことがあるんですよ」 「んん? 何だい? あたしの旦那の事かい? いやー運がいいねぇ、今いないんだよ。あんたどうだい? あははははは」  ――ものすごい勢いで捲し立てる。   「いや、確かにお姉さん美人だけどそっちゃじゃなくてね――」  言い終わらないうちにキョトンとして真顔になると、突如―― 「あーーはっはっはっは! あはは、あははっははっあははははは! あははははははははははははっ!」  大笑いをはじめ、負傷兵たちが一斉に死んだような目でこっちを見る。  何かそこまで笑われるようなことを言ったのだろうか?   「本当の美人ってのはね、街に行かなきゃいないんだよ」  ニヤリと歯を見せて笑う。 「戦場じゃどうやったって肉なんて削げ落ちちまう、筋肉は付く、目つきも悪くなる。まあ兵役に出たら男は美形に、女は不美人にってのは常識さね。あたしゃなんとかこれだけは維持してるけどねぇ」  そう言って、右手で操縦用のレバーの様なものを握ったまま、左手で自分の乳を揉む。 「アンタも触るかい? あーはっはっはっはっは!」  ――見た目に反してホント豪快だこの人。    いやいや、お姉さんもお嬢様っぽくて綺麗ですよ、本当に。  そう、言う予定だった。頭でそう考えた。だが――   (( あぁ!? お前今なんつった! )) (( え、いやちょっと…… )) (( こちらは後2年で兵役が終わるんだよ! ここまでやってきたんだ! 生きてきたんだよっ! それを何だってぇ!? )) ( 突然操縦をほっぽりだし、右手で胸ぐらをつかむと渾身の左ストレート。床の鉄板に叩きつけられ息が止まる。そしてもう一度胸ぐらをつかむと飛甲板から投げ落とした。 ) (( 魔族のクソになっちまえ! 糞野郎! )) ( 地面に叩き落され首の骨が折れる。意識が遠くなり視界の全てが消えていく…………… )   「しょ、少々お待ちください」  時間としては1秒もたっていない。お姉さんは相変わらず自分の乳を掴んだままだ。  しかし待って、待ってください。過去にも2回こんなことがあった。しかしあれはお互い生と死の天秤の間に揺らめいていた時であり、落ち度即死亡が納得できた。  しかし今回、これは何だ! おそらく悪口を言ったのだ。そして相手を怒らせたのだ。  だがそれにしてもそれで殺されるって……しかも、誰一人として、それを気に留めた様子も見られなかった。  いくらなんでも命が軽すぎやしないか?  しかも、誰一人として、それを気に留めた様子も見られなかった。  それに、前の時と違って死ぬまでの出来事も長かった。  やはり死に方……そんなのに係わっているんだろうか。  彼女の兵役があと2年で終わる。それは、自分が持っていない知識のはずだった。    キョトンとするお姉さんに待ったをかけ、急ぎオルコスを起こす。  流石はベテランの兵士だけの事はある。少しゆすって小声で名を呼ぶだけで、無駄な動きを一切せず左手で剣の柄を握り、周囲を目で確認しながら『敵か』と確認してくる。  頼もしいが、今必要なのはそっちじゃない。 「オルコス……お嬢様って何?」  小さな声で尋ねると、何を言っているんだこいつはという顔をされる。だがすまない、こちらも今後の命を考えると、知っておきたい情報であった。   「お嬢様ってのはそうだな、まあ悪口だ」  やはり誉め言葉にこう言った落とし穴があったのか。ありがとうオルコス。 「金やコネを使って兵役から逃げ回っている連中、その中でも100歳を超えてなお逃げ回っているようなクズ連中をお嬢様とかお坊ちゃまって言うんだよ」  この世界の兵役にどれほどの重みがあるかはわからない。しかし、これまで見たものを考える限り、決して軽いもので無い事はよく理解できた。  それで兵役に期限ってあるの――と聞こうとしたが、これをオルコスから聞くのは違う気がした。  それに命の価値……消えゆく意識の中で見た飛甲板の上では、何の騒ぎも起きていなかった。たった今、一人の人間を突き落としたにも拘らずだ。聞きたいとは思うが、まさかこの怪しい身分の男が『殺人ってどのくらいの罪?』なんて尋ねる方が問題だろう。今は納得しておくしかない。  代わりに「ありがとう、お休み」というと、彼は再び眠りについた。   「すみません、お待たせしました」 「何、急にどうしたの? アレ? もしかしてアレ? さっきので? いやー、アンタ元気すぎるでしょ。あはははははは。それであの兵隊さんに? あーはっはっはっはっはっ!」 「絶対に違います!」  とりあえず、最初に聞きたかった質問に戻る。 「領域とか解除とかって何ですか?」   「領域ってのは魔族が生む土地さ」  彼女は続ける。 「魔族領ってのはでたらめな土地でね、燃える大地の隣に氷の平野がある、滝を下ったら砂漠だった、そんな感じに無茶苦茶に土地がくっついてんのさ。そんで、それらの土地をそれぞれ何々の領域って呼んでるわけ。アンタが居たところが炎と石獣の領域、ここが腐肉喰らいの領域の跡地さ」 「跡地?」 「そう、跡地。領域は粗方の魔族を倒し終わったら解除士って連中が解除するんだよ。大体20年くらいかけてね。そうすると、こうした普通の土地になるんだ。もう今までの魔族は環境が合わなくて住めない、人間の土地さね。」  人間の土地か――もちろん新しい土地は欲しいのだろう。だが、この地を追われた生き物はどうしたのだろう。ひっそりと生きているのか、それとも死滅してしまうのか……。  だが、部外者である自分にそれを口にする権利は無い。魔族領の広さも、人類圏の広さも、この世界の人口も社会も、まだ何も知らないのだ。 「壁を作る前は、人間領も領域だらけでね。そりゃもう酷かったそうだよ。壁様々だねぇ」 「もう人間の世界に領域ってのは残っていないの?」 「あぁ、まだ東の方には少しだけ残ってるそうだよ、宗教の違いてやつかねぇ。だからかねぇ、病気も災害も無くなりゃしないのさ。でも壁の中が全部終わったら、最後はそこさ。世界中の軍隊がぜーんぶ押し寄せて、全部きれいさっぱり無くしてくれるよ。あはははははは」  まだ戦うんだ……多くの人が傷つき、あれほどの白骨の山を築き、悪い魔王とやらも死んで、それでもまだ殺し合うのか。  それに、生物の多様性は元いた世界では基本中の基本だ。魔族って言われても、それがどんな生き物なのかも分からない。だが、そうやって殺し尽くした結果残ったのが、この荒れ地と骨だけなんじゃないのか……。    下乳のお姉さんは気さくで豪快、話しやすく親しみやすく、下手をすれば殺される危険は別として楽しい道中であった。  そうこうするうちにやたら広い、だだっ広いという表現がふさわしい場所に出る。  そこには大小無数のテントや土で出来た建築物が立ち並び、単なる駐屯地というより大きな町の様相だった。 「着いたよ。ここが本日の終点、リアンヌの丘さね。」  ◇     ◇     ◇  建物は土造りの1階建てから3階建てで、兵舎や野戦病院として用いられているようだった。  負傷兵の搬送を手伝い中に入った時も、床も壁も石を混ぜ込んだ、漆喰よりもなお土っぽい風合いである。建築物の技術はさほど高くないのだろうか?  話にちょくちょく出てきた壁も、日干し煉瓦を積んだような、そんな粗末な壁を予想した。  一方で駐屯地としては壮観だった。  見たことも無い鎧を着、武器を持った兵士が各所を行軍している。  数も規模も活気も、出発地点とは比べ物にならない。  特に目を引いたのは白銀に青の鎧、それに人の背丈よりも大きな巨大盾や長大な長槍を持った一団であった。数も多く、それがここの主力部隊のように見える。  女性の兵士が思ったよりも多いことも驚いた。皆一様に若い外見だが、自分が知るような華やかさは無い。全員鋭い目つきで動きにも無駄が無く、兵士なんだなと感じさせる。  男女比は2:1位だろうか。有利不利で考えれば、男が多くなるのは当たり前だ。だから普通は兵士ってのは男ばっかりだ。なのにこの比率……  消耗品……赤紫の鎧を着た兵士が言っていた言葉。どうせ死ぬなら、男も女も関係無いのかもな……。 「そういえばオルコス、なんでリアンヌの丘って名前なの?」  素朴な疑問を訪ねる。 「ああ、以前ここが領域だった頃にエメラルドドラゴンってのが住み着いていたんだよ。それを退治して死んだのがリアンヌって訳さ。英雄的な行為で死ぬと、その名が地名になる。兵士全員の憧れさ。自分が生きた証がこの世界に残ることになるんだ」    オルコスもやはり憧れているんだろうか……そして自分は、この世界に何を残すのだろうか。  頭がぼんやりする。考えるな、係わるな、静かに生きろと誰かに言われているような気がする……。  夕飯は固く小さなパンとほうれん草のような野菜、それに足が6本の斑模様の蛙が丸のまま入ったスープであった。  見た目はアレだが、うん、骨が少なくて意外と食べやすい。  周りの兵士達も黙々と食べている。これが普通の食事なのか、それとも戦場だから仕方がないのかはわからなかった。  ◇     ◇     ◇  夜、夢を見た。  目の前には小さな丸い窓。その向こうには幸せそうな自分がいる。  晴れの日も雨の日も、春も夏も秋も冬も、ずっとずっと幸せそうに笑っている自分がいる。  後ろにも小さな丸い窓。そこから誰かが聞いてくる。  ――幸せかい?  誰が? 窓の向こうの俺かい? ああ、彼は幸せそうだ。何も考えず何も知らず、いつでもずっと笑っている。  だけど……あれは俺じゃないだろ?

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この作品の評価

78pt

とりあえず1話だけ……。 と思ったら、一節一節読みたくなる! 続きが気になる! なすごく興味深い作品です。 えっどういうこと?! なんで?! とうまく思わせてくれますね! すごく面白い。 続きが楽しみです!

2019.02.25 20:27

皐月原ミナヅキ

3

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