異能者たちの苦悩 | 第一章 シシャの回遊
ネームレス

第33話 美子の嫌いな「白いリボン」

 俺と校長が四階に着くと、もう、すでに|戦闘《たたかい》ははじまっていた。  当然だ、寄白さんと九久津はこの異変に誰より早く気づいて、誰より早く|四階《ここ》に向かってきたんだから。  あのとき二人が慌てて教室を出ていったのは、このためだったんだ。    「美子!!」  校長は息もたえだえに叫んだ。  姉妹の危機的状況だ、当たり前のことだ。  「寄白さん?! 九久津?!」    息急き切った俺の声は、きっと届いてないだろう。  傷だらけで死者と対峙している二人。  寄白さんのイヤリングは、夏の終わりの風鈴のように、残りひとつだけになって揺れていた。  物悲し気に左耳の中央で揺れている。  残りの十字架のイヤリングはぜんぶ使いきったのか?    九久津はなぜだか金属で覆われたようにツルツルしていた。  あれは何かの召喚術だろう、カマイタチとシルフで風を召喚したときは風の力を使ってたから。    「お姉。死者の|下剋上《げこくじょう》らしいよ?」  ――ぺっ!!  寄白さんは血の混ざった唾を吐き捨て、切れてる唇の横を拭った。  手の甲に薄っすらと血がついてる。  「お姉、さだわらし。あんまりこっちに近づくなよ。巻き添え食うからな」  寄白さんにそう言われると、俺と校長はそれ以上、近づくことができなくなった。  こんな状況で、俺みたいな一般人に何ができる?  俺の力ってなんなんだ? アヤカシと戦える力ってなんだ?   俺の目の前にいるかつて、真野絵音未だった|死者《・・》は、手のひらを頭上にかざすとエアカーテンのような|物体《まく》で四階すべてを包んでいった。  体がビリビリ痺れるような瘴気が立ち込めている、あるいは朝からの体調不良によるビリビリかも。  じっさい、どっちなのか俺、自身でも区別はつけられなかった。    辺りには真っ黒なオーロラが浮遊してる。  不気味な|襞《ひだ》がゆらゆら揺れて、さっきまで白かった廊下という空間が漆黒に覆われていった。  俺らがいるのは、もうこの世界じゃないみたいだ。    「異次元空間……」  九久津は周囲を見渡してそう言った。  「別世界ってことか? 亜空間じゃないのか?」    寄白さんはチラリと左右を確認した、ポニーテールも一緒になびく。  「四階だけ死者の結界に閉じ込められたような……けど、種類で言うなら亜空間の一種、か、な?」    「守護山と同じ仕組み。まんま六角市……」    「……美子ちゃん。どうする?」    「それでもやるしかないだろ?!」  寄白さんはついに最後のイヤリングを左耳から外した。  その真正面で、死者の体が揺れると、死者の体を護衛するように空気中に透明で小さな球体が現れた。   それが無数に分裂して小刻みに|蠕動《ふるえて》いる。    「美子ちゃん。あれは気体を高圧縮させたものだ」  瞬間、寄白さんの制服の数ヶ所が破れた。  いくら寄白さんが人間離れした身体能力でも、あ、あんなスピードに対応できるわけがない。  一瞬、何が起こったのかわからなかったけど、よく見ると、小さな球体が飛翔体となって寄白さんに襲いかかってた。  死者はまた、つづけざまに透明な球体を撃ってくる。     「痛ッ!!」  なぜか九久津の――痛ッ!!って声も一緒に聞こえてきた。  寄白さんの最後のイヤリングも粉々に砕かれてる。  ――ガシャン。黒い欠片が廊下に散らばった、もう十字架の原型は留めていなかった。  そういうことか、九久津は身を|挺《てい》して寄白さんを|庇《かば》ってたんだ。  何かよくわからいけど、体を硬化させてるから、それほどのダメージは受けてないように思える。  それでも痛みがあるってことはよっぽどだ。   九久津がなんとなく、のっそり動いていたのは寄白さんのサポート回ってたからだろう。  それが功を奏して、寄白さんを紙一重で守ったってことだ。  重くて硬そうな九久津の制服の|欠片《かけら》が辺り一面に広がっている。  寄白さんは九久津の胸の中で手元を確認した。  そこでイヤリングが壊れたことを認識したのか、すぐに腕がだらりと下がった。    あっ……それは寄白さんが何かを諦めたようにも思えた。  九久津の頬に一枚の布切れがピタリと張りついた、あれは寄白さんがいつも髪を結んでる白いリボンの切れ端だ。    死者の放った攻撃は寄白さんのリボンをかすめてたみたいだ。  俺はその攻撃を目視できていなかった。  今、この瞬間もハラハラとリボン切れ端がスローモーションのように宙を舞っている。    引きちぎったように荒い断面のリボンには、墨で書かれたような達筆な謎の文字が見えた。    「なんだ?! あのお経のような文字は……」  風圧によって俺のところまで流されてきた一枚の切れ端を手にとる。  「それは|梵字《ぼんじ》。つまり|呪符《じゅふ》のリボン」  青褪めたままの校長が言った、いや、それは俺の疑問への反射的な返答だったのかもしれない。  校長のその表情は、青を越えて|蒼白《しろ》へと変わっていった。  「……ぼ、梵字?」    「そう美子はイヤリングにアヤカシを封印することも多い。でもその瘴気は糸を伝うように少しずつ髪の毛に流れてしまう。だから梵字のリボンで二重封印してるの。美子にはそのリボンしかないの」  イヤリングにアヤカシを封印?ってことは、ヴェートーベンのパターンがそれか。  人体模型は帰っていった、何種類かの退治方法があるんだ。  「リボンにもそんな秘密が……」  リボンひとつ好きな物を選べない、今ならネットでも、たくさんの種類のリボンが売られてるのに。  でも機能を重視すれば”カワイイ”は二の次にしなきゃいけない。  あの十字架のイヤリングだって好きで選んだものじゃないんだろうな……?  死者だって同じように我慢を強いらた生活をしてきたんだろう、って俺が敵に肩入れしてどうする……。    校長が六角形の点を崩した理由もわかる気がする。  寄白さんや九久津だけが、犠牲になってアヤカシと戦わなければならない、そんな運命に逆らうこと。  九久津の兄貴だって一般人が知らないところで命を落としてる。    わかってる、なのに……なのに……どうして俺は憧れしまうのか?  戦いの中に身を投じる人たちに。  「頻繁に髪型を変えるのも一方向に留まる瘴気をアースのようにして毛先から浄化させるため。イヤリングだって瘴気が溜まる度に黒が深まっていく」  「そ、そんな……」  「ただ、うちの家系でもアクセサリーにアヤカシを封印できるのはあの|妹《こ》だけなんだけど」  校長は下唇を噛んでうつむいた。  これ以上、傷ついた寄白さんと九久津を見ていられないんだろう。  絹糸のような髪が校長の顔を覆った、すぐに手で払ったけど、涙で数本の髪が頬にひっついている。  寄白さんはそんなにいろんなことを背負ってたのか。  どうして寄白さんにだけそんな荷物を……。  膝をつき崩れ落ちた寄白さんを、九久津が抱き支えてた。  「美子ちゃん?」    寄白さんの瞼は、引力に引かれるように半分ほど落ちた。

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