異能者たちの苦悩 | 第一章 シシャの回遊
ネームレス

第6話 憑依者

 白い|石膏《せっこう》ボードの廊下、壁には手垢や|捲《めく》れなんかがある、生徒が生活してる跡だ。  前の校舎と、あんま変わんねー。  俺はまずはじめに職員室に寄って、一通りの手続きを済ませて教室へと向かう。  これから生活を送る教室は二階にある。  二年B組の教室が、二階にあるってのはわかりやすくていいな。  向かう途中、コルクボードの掲示板がいくつか並んでた、そこには行事の写真や生徒新聞、それに『保健だより』なんかが貼ってあった。  おっ?! 保健の先生の人気はスゴイらしい。  なんせ『保健だより』の自己紹介部分がキレイに切り抜かれてるからな。  この緻密な手口、犯人は間違いなく男だなフン!!   名探偵の俺を|欺《あざむ》こうなんて百年早いわ。  ただ、保健の先生の顔を見ることができないのは悔しい。  いや、学校に|生活《い》たら、いずれ実物に会えるか、スゲー楽しみ!!    高ぶった気持ちと|邪心《じゃしん》を抑えて、俺はふたたび掲示物を眺める。  順番に目を通していって、一番端に貼られた今月の行事を飛ばし読みしたところで、ふと窓枠が目に入った。  俺の視線は自然に外へと流れる。  すぐにバス停と、そこに備えつけられていた数人掛けのベンチが見えた。  この窓から見た景色は見晴らしの良い眺めだった。  ……そう言えば、校舎を見た時、この窓って特殊な形をしてたよな?  何か中から見てる窓と、外から見た窓の形が一致してないような……。  と言うことは、やっぱ有名なデザイナーが設計したんだな、デザインありきでなく機能もしっかりしてる。  って、まあそんな人が設計したのかはわからないけど。    俺は町並みを見下ろしつつ、止めてた足をまた教室へと向けた。  ここって二階にしてはなんとなく低いような? まあ俺には建築の知識がないからよくわからん。  さあ、もうちょっとで教室だ。  そこから数メートル進んだ先に二年B組の教室があった、どこの学校もやっぱ同じような造りだな~。  そんなふうに思いながら後方のスライドドアに手をかけた、さすがに|早朝《このじかん》でも転校生が前のドアから入るのはキツい。  サーっとレール沿って扉が流れた、噛み合わせは完璧だ。  クラスには一、二、三えっと、あっ、なんか背後の雰囲気がイケメンな奴もいる。  ってことで四、すでに四人の生徒がいた、お早い登校で。  いつもこんな時間に登校してきるのか? あるいは、たまたま今日だけ早いのかわからない。    俺だって今日が初日だから、朝何時に起きてどの時間帯のバスに乗るかのペース配分は、まだ定まってないけど。  この時間でも四人が登校してるのか、と感心する。    教室に入ってもやっぱり代わり映えしない造りだった。  さっきの掲示板ひとつとってみてもそうだけど。    黒板の右下には、ふたりの日直の名前。  脇には黒板消しクリーナーが置かれてて、右上には壁時計がかかってる。  テストの時にあれってヤケに気になるんだよな~。  回答のマス目を間違えて書いてしまった時なんて、時計を気にしながら、このままじゃ火、|熾《おこ》るんじゃね?って勢いで消しゴムこするしな。  たまに全力で|消しゴム《イレーサー》してて答案用紙破ってる奴って、絶対 それだよな。  時計は時計で一番後ろの席からでも時刻がよく見えるように文字盤も針も大きい。  席替えの時に――視力が悪いので、前に座ってもいいですか? ってのも学校あるあるだよな~。  教卓には日誌がぽつんと置かれてる。  教室の後部には生徒用ロッカーと掃除用具入れがある、もちろん教室の中央には部屋の主役である机が縦横に五つづず、計二十五脚が並んでた。  俺は事前にもらった転校初日の流れや、持ち物その他|諸々《もろもろ》の書かれたプリントを黙読しつつ、よそよそと教室内の様子をうかがった。  これが新しいクラスメイトか……。  なにか声を潜めて話してる、ときどきこっちを見ては、またヒソヒソと話をはじめる。  まあ話の内容はだいたい想像つくけど、第一は俺が「シシャ」かもしれないということ、第二は俺という珍しい|転校生《モノ》の話。  そんなに凝視しなくても、俺は至って普通の男……の……はず……だ。  それでも右側より左側から見られた方がカッコいいと思ってる。  だからキメ角度は左斜め四十五度。  俺は机の金属部分に貼られたラベルひとつひとつを確認してまわる。  おっ、この席だ。  この、のぞき込んだ角度が|俺の角度《・・・・》。  机の中に教科書類をバタバタと入れてると、ドアが開く音がした、そして人の出入りする気配もした。  誰かが教室から出ていって、入れ違いで誰かが入ってきたような感じ。    俺は構わずにスクールバッグの中から残りの教科書を机に入れてると、今度は人が近づいてくる気配を感じた、見上げた先には男の顔があった。  もちろん六角第一高校の制服だ。  こいつも同じクラスだよな? あっ、教室に入ったときの後ろ姿イケメン。  お、驚いた正面から見ても超イケメンじゃないか。  例えるなら女子が熱中するソシャゲの王子。  端正に整った顔に|二重瞼《ふたえまぶた》そして、女子のようにエアリーな髪とスベスベで綺麗なお肌。    世の中にいるんだよな~、こういうメンズなんちゃら系の表紙になりそうな奴が。  イケメンは俺の顔をまじまじと眺めてきた、まるで「アタリ」「ハズレ」を確認するかのようにそして、視線がぶつかる。    俺が女子ならキュン死してる可能もある、俺は「アタリ」か「ハズレ」かイケメン殿?  な、な、なんか接近してきた、なんだ?  「ラプラス……」  俺の耳元で謎の一言を発したイケメン。  少し低音が効いていながらも滑らかで甘い声。   声までイケメンかよ、文字通りのイケボだな。  ……てか、ラプラスってなんだ?  「ラ、ラプラス?」  俺が訊き返しても、その男は軽い笑みを浮かべたままだ。  「我は|九久津毬緒《くぐつまりお》」  言いながら、人差し指と中指と親指でネクタイを挟んで、クイックイッと緩めた。  Yシャツがはだけて胸元のVゾーンがあわらになった。  「おい? ど、どうした?」  なんなんだよコイツ、露出狂か?  「九久津さんは憑依体質でしてよ」  俺の背中ごしから柔らかな声がした。  この声と特徴のある語尾は……よ、寄白さん? 寄白さんも同じクラスだったのか?  そっか、それで俺が転校生だと誰かから聞いてたのか。  でも、それって教員しかいないけどな?  「九久津さんはある条件下において、浮遊体に憑依されてしまいますのよ?」  そんな穏やかながら事情通のように説明されても、だいたい浮遊体に憑依されるってなんだ?  「へ~。そうなんだ」  そう返答するしか俺に選択肢はなかった。  九久津という男の鎖骨辺りの筋肉が、俺の視界をよぎった、細身だが筋肉質でいわゆるソフトマッチョといわれるタイプだ。  制服の上からではまったくわからなかったけど、ちょいちょい生傷や|痣《あざ》がある。  ま、まさかSとかMとかの禁断の趣味でもあるんじゃ……。  「……」  寄白さんは気配を消し、足音もなく九久津の背後をとった。  一度大きく深呼吸をしてから、右手の親指と中指を「D」の形になるようにくっつけた、ぐいーんと弓状にしなる寄白さんの中指。  「ていっ!!」  ――パチーン。と九久津の額に乾いた音が響く。  寄白さんのデコピンが的中した、イイのが入ったぁ!!  「痛ッ?!」  声を上げ――ぐっ!! と、額をおさえてる九久津。  ご愁傷様です。  「ふぅ~」  寄白さんは得意気に指先に息を吹きかけた。  槍投げの――地区記録更新したな?的角度で入ったもんな。  けど寄白さん、|熟《こな》れてるな~。  息の吹きかけ方なんてまるで砂漠のガンマンじゃないか、|百戦錬磨《ひゃくせんれんま》か?  「み、美子……ちゃん?」  正気を取り戻した九久津の額は少し赤くなってた、そりゃそうだ、けっこうな威力だったし。  九久津は膨れた額を両手で押さえながら、よろめいて机に寄りかかった。  まるで|泥酔人《よっぱらい》、足にキてる。  「くそっ、またPTAに狙われたか?!」  九久津はキョロキョロと机の周囲を見回した。  PTAってお母様たちにいったいなにをしたんだ?  あっ、なにかをしたんじゃなくて、胸チラして逆にロックオンされたんだな。  お母様たちの中で美味しそうなイケメンとして認識されたってことか?!   「九久津さん。今のは夢魔でしてよ?」  「美子ちゃん本当? それ結構レベル高いよ?!」  自分が憑依されながらも、他人ごとのように話す九久津。  なんつー奴だ。  「ええ、そのようですね。怪異レベルで言うなら三十くらいです」  三十ってその謎の数値は高いの? 低いの?  例えば三十|円《・》と三十|ドル《・・》でも、単純に考えて百の開きがあるぞ……そもそも怪異ってなんの単位かもわかんねーし?!  そんなもんが憑依するって、いったいなんなんだよこのクラスは? と、思ってみたけど、ここ六角市でときどき起こる不思議な現象は、「シシャ」のいる街だからで片づけられることも多い。  今、現在この教室で起こってることも、その類なのかもしれない。  「だ、大丈夫か?」  俺は、一応心配した素振りをみせた。  だが本心はどうでもよかった、こっちは転校初日で大変なんだよ、察してくれ。  「えっ、ああ、俺はこういう体質だから……」  「そ、そっか」  「ところで君は誰?」  「あっ、ああ、俺は今日転校してきた沙田雅」  「そうなんだ~。俺は九久津毬緒。よろしく!!」  「ああ、どうも。よろしく」  九久津のデコって蚊に刺された時のマックスくらい腫れてんじゃん。  しばらく、その腫れは引かなそうだな。  「沙田さん。さっそくお友達ができましたね?」  寄白さんは、さっきまでのやりとりがなかったかのように無邪気に笑みをこぼした。  いきなり胸チラのイケメンが現れて、それを寄白さんがデコピンし、俺が心配する。  それで友達ってどんな飛躍だよ?! ※

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