亜成層圏《トロポポーズ》の鷹 Vol.3 | 第三章 「 傷 痕 」 Chapter 3 - Emotional Scars -
Phantom Cat

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 右の肩が痛む。  が、骨折も脱臼もしていないようだ。痛みを我慢すれば、とりあえず右腕を動かすことはできる。  地面に横たわっていたレイは体を起こす。  迷彩服の破れた右肩の穴から、血の滲んだ素肌が見えた。  "打撲と……擦りむいただけだわ……助かった……"  遠くの風景に、うまく焦点を合わせることができない。それでようやくレイは眼鏡を失ったことに気づく。彼女の裸眼視力は左右とも0・5。眼鏡なしでも日常生活に支障を来すほどではないが、今のような状況で眼鏡を失うのは、どう考えても望ましいことではなかった。  二メートルほど離れて、ジープが右側面を地面に付けて横だおしになっていた。  それがその形になった瞬間、レイは運転席から投げ出され、右肩から地面に落ちて転がったのだ。大した怪我をせずに済んだのは、無意識に体を丸めて受け身を取ったからだろう。  レイは目を細め、上を見上げる。  F-16は上昇し、大きく旋回している。  通常、戦闘機の機銃は機軸の方向にしか撃てない。地上の目標を攻撃するためには、機首を下げなくては狙えない。しかし、機首を下げたままでは当然地面に激突してしまう。従って、地上の目標を繰り返し攻撃するためには、下降と上昇を何度も繰り返さなくてはならないのだ。  "同じコースからまた銃撃するつもりだわ。ここにいては危ない……"  そう考えてレイが立ち上がった時だった。 「レイ!」  巧の声に、レイはギョッとして振り向く。 「巧!?」  ジープの向こうから巧が走ってくるのが、彼女の眼に入る。 「よ……よかった……はぁ……はぁ……無事だったんだ……」  巧は息を切らしながらレイに近づく。だが、そんな彼を、レイは顔に怒りをあらわに浮かべて睨みつける。 「バカ!何で出て来たりするのよ!」  レイの前で立ち止まった巧は、両手を両膝に置いて体を折り曲げ、苦しそうに呼吸を続ける。 「はぁ……はぁ……言ったろ……僕には……はぁ……はぁ……君を見捨てること……なんか出来ないって……」  言ってしまった後で、それが随分とクサいセリフであることに気がつき、彼は恥ずかしさで頭に血が上るのを感じる。もっとも、全力で走った彼の顔は既に真っ赤に上気していて、それ以上赤くなることも無さそうだった。 「と、とにかく、ここにいたら危ないわ。早く逃げないと……!?」  突然レイの言葉が途切れたのに気づき、ようやく息が整い始めた巧は顔を上げる。 「……レイ?」  レイは大きく目を見開き、驚愕の表情のまま凍りついていた。その視線の先を追った瞬間、巧も同様に絶句する。  そこにいたのは、自転車に跨った隼人だった。 「「隼人!」」  二人の声が重なる。 「……はぁ……はぁ……お前ら、助けに来たぜ」  汗だくで、肩で息をしながらも、隼人はニヤリと笑う。 「あ……あなた……どうして……」あまりにも想定外な事態に、レイはそれだけを言うのがやっとだった。 「巧を死なせるわけにはいかないし……それに、レイ……てめぇにも、助けてもらった借りがあるからな」  隼人は自転車から降りると、それを無造作に地面に倒す。 「た、助けに来た、って……」巧も呆然としながら隼人を見つめる。 「おう、武器を持って来た。こいつで敵機をぶち落としてやる」  隼人はホルスターを肩から降ろして、その中に収まっていた、大型の拳銃のような武器を取り出し、セフティレバーを降ろす。 「ちょ、ちょっと、あなた、それ……」レイが驚きに固まったままの顔で言いかけるが、隼人の耳には届いていなかった。 「来たぞ!」駆け出そうとした隼人が、ふと足を止めて振り返る。「お前らは早く逃げろ!巧、レイは任せた!」 「お、おい、隼人!待てよ!」  巧の制止も聞かず再び隼人は走り出すと、ジープから十メートルほど離れて止まり、足元にホルスターを投げ捨てて両手で武器を構え、降下して来たF-16に狙いを定める。  F-16の銃撃が始まり、地面に転がったジープに向かって、一直線に弾着煙が延びていく。  "まずい、ジープがやられる……燃料タンクを撃たれたら、爆発するぞ!"  巧はジープから傍らのレイに視線を移す。ジープは彼らが今いる位置から五メートルも離れていない。今のままでそれが爆発したら、二人ともただでは済まないことは明らかだった。 「レイ、伏せろ!」  巧はレイに向かって叫ぶが、彼女は隼人に気を取られたままだった。 「待ちなさい!隼人……そんなもので……きゃっ!」  隼人を追いかけようとするレイの背後から巧がタックルし、彼女に覆いかぶさるようにして強引に押し倒す。ほぼ同時に機銃弾がジープを直撃する衝撃音が響く。  F-16が地上に最も近づき、上昇に転じようとした、その瞬間。 「行けぇ!」  隼人は叫びながら、頭上を飛び去ろうとするF-16の前方、着弾を見越した位置に向かってトリガーを引く。  だが。 「!?」  隼人の手に持った武器の銃口から発射されたものは、彼の予想を遥かに下回る初速だった。それは、F-16が既に飛び去った何も無い空間を、のろのろと白煙を引きながら上昇する。  "しまった……外したか!"  次の瞬間、F-16が巻き起こしたすさまじい旋風が、砂塵と共に隼人を襲う。反射的に眼を閉じたが、遅かった。砂が二、三粒彼の両眼に飛び込んでいた。 「くぅ……!」  目を閉じ、吹き飛ばされそうになりながらも隼人は必死に耐える。  -------------------------------------  数秒続いた暴風が止む。 「……George!」  "え……?"  レイの叫び声に、彼女の上にかぶさって地面に伏せていた巧は体を起こす。土ぼこりが彼の髪を白く染めていたが、気づくはずもなかった。 「う……わっ……?」  突然、体の正面に何か柔いものがぶつかるのを感じた巧は、とっさに右手を背中の地面について、反動で仰向けに倒れようとするのを防ぐ。  レイだった。彼女が起き上がるや否や、巧の胸に飛び込んでいたのだ。 「No……George……Don't leave me alone……」  絞り出すような声でそう言いながら、巧の背中に両腕を回し彼の体を締め付けたままで、レイはガタガタと震え続けていた。 「レ、レイ……?」  女性から抱きつかれた経験などない巧は狼狽《ろうばい》する。だが、レイは今、明らかに錯乱しているようだ。とにかく彼女を正気に戻さなくては。  巧は両手でレイの両肩を掴んで彼女の身体を無理やり自分のそれから引きはがし、そのまま激しく前後に揺さぶる。 「しっかりしろ!レイ!」 「!?……あ……巧……」  ようやくレイが我に返る。その左目から一筋の涙がこぼれ落ち、頬を伝う。 「……んっ」  怪我をした右肩に痛みが走ったのか、レイが顔を歪める。巧は慌ててその肩から両手を放す。 「あ、ごめん……怪我してたんだ……」 「ううん、大丈夫よ。巧……あなたは、大丈夫なの?」 「あ、ああ、何ともないよ」 「よかった……」  レイは心底ほっとした、という表情に変わり、左手で涙を拭う。巧と目が合うと、彼女は頬を赤らめる。 「あ、あの、ごめんね、いきなりしがみついたりして……」 「え……あ、いや……別に……いいんだけど……」  レイの体の温もりと感触が、まだ巧の意識にはっきりと残っていた。しかし、彼らは今、間違いなく危機的な状況にあるのだ。巧はそれらを頭の中から強引に振り払う。 「そうだ、敵機は?」  巧は頭上を見上げ……そして目を見開いて、ポカンと口を開ける。 「な……何だ?あれは……」 「なに?どうしたの?」  レイは巧の視線を追うが、眼鏡を失った彼女の目には、空の薄い青色がぼんやりと見えるだけだった。レイは目を細める。 「あ……」  巧が見ているものを、ようやくレイも認識する。そしてそれは、まさに彼女の予想通りのものに他ならなかった。  -------------------------------------  隼人は瞼《まぶた》をぎゅっと閉じたまま、涙が自然に湧き上がるのを待って、眼に入った砂を洗い流す。野球場のマウンドに立っていた時にも、砂が眼に入ることはよくあった。そんな時、彼はいつもこうして凌《しの》いでいたのだった。  "……あれ?"  ようやく眼を開けることが出来た彼は、足元にあったはずのホルスターが姿を消していることに気づく。  さすがに彼も一撃で敵機を撃墜出来るとは思っていなかった。だからホルスターのベルトに予備の弾を三つ入れておいたのだ。しかし、そのホルスターそのものが無くなってしまっては元も子もない。  "そうか!今の風で吹き飛ばされたんだ……しまった!"  慌てて辺りを見回すが、既に見える範囲にホルスターは影も形もなかった。  "だめだ……探してる間に敵はもう一度攻撃を仕掛けてくる。とても間に合わない……"  隼人は臍《ほぞ》を噛む思いで、それでもホルスターが飛ばされたとおぼしき方向に走りだそうとする。  が。 「隼人!上を見ろ!」 「……え?」  巧の声に隼人は反射的に足を止め、上を向き、そして……その顔が、巧と同じように驚愕の表情に変わる。 「……何だありゃ?」  遥か上空、高度三百メートルほどに一つ、光の点があった。視力2・0超の隼人の両目には、それは小さな落下傘にぶら下がっているように見えた。  しかし、いつまでもそれに目を奪われているわけにはいかなかった。その謎の光点も潜在的には危険なものかもしれないが、それ以上に明白で大きな脅威が彼らに差し迫っていたのだ。  上昇していたF-16が大きくループを描き、三たび地上掃射の体勢に入る。彼らに向かって一目散に急降下してくる。 「巧、レイを連れて逃げろ!」  我に返った隼人は、そう叫び残してF-16に向かって走り出す。彼は巧とレイから敵の注意を逸らすつもりだった。 「待ってよ、隼人!」レイも叫び返すが、隼人が足を止めないのを見て、巧を振り返る。「巧!あなたも彼を止めてよ!あのバカ、囮《おとり》になるつもりなのよ!無茶にも程があるわ……」  しかし、巧は隼人の方に向いたまま言う。 「いや……無茶じゃないよ」 「……どういうこと?」  不思議そうに自分を見上げるレイの顔をちらりと見てから、巧は隼人を指さす。 「レイ、立つんだ。あいつの後を追うぞ」 「ええっ?」レイは目を丸くする。 「あいつは分かってやってるのか知らないけど、この状況ならああするのが一番正解なんだ。敵が狙ってるのは、どうやらアレみたいだからね」そう言って巧はジープの方に顎をしゃくって見せる。「だからアレからできるだけ離れなきゃならない。とすれば、どこに逃げるか、だけど、敵に向かっていけば常に敵の位置が把握できるし、万一敵がこちらを狙ってきたとしても、距離を詰めれば詰めるだけ向こうは射撃しづらくなるからね。レイ、走れるか?」 「………」  レイは呆然としながら巧の顔を見つめる。  "信じられない……この人、なんでこんなに冷静なの……?"  先ほどフラッシュバックを起こしてすっかり取り乱してしまったレイとしては、この極限状態にもかかわらず平静さを保ち続けている巧の精神構造が、全くもって理解できなかった。  だが、巧の過去に思い当たったレイは気づく。彼は死ぬことを怖れていない。むしろ、死ねばメグにもう一度会える、とすら思っている。だからこんな状況でも落ち着いていられるのだ。  それは哀しいことだが、皮肉にも今のレイは、むしろそれに感謝したいほどだった。目の前に冷静な人間がいれば、彼女も自分を見失わずにいられる。  だけど同時に彼女は、このままではいけない、とも思う。巧は自分の命を惜しいと思っていない。そしてそのような人間は、往々にしてそのまま文字通り致命的な事態を引き起こすのである。特に、戦場では。 「どうしたの?」  巧が訝しげに自分の顔を覗き込んでいるのに気づいたレイは、我に返る。 「え、ええ、大丈夫」 「ようし」巧は笑みを見せて、立ち上がりながらレイの手を握ると、ぐい、と引いて彼女も無理矢理立たせる。「それじゃ、あいつの方に向かってジグザグに走るんだ。さあ!」 「待って」レイが巧を見据える。「眼鏡がなくてよく見えないの。あなたが先に行って。私はあなたについて行く」  そのレイの申し出には、言外の意図があった。今の巧は彼女を助けるために、何か命知らずな無茶をしでかすかもしれない。だけど彼が常に目の前にいれば、彼女もそれに対処しやすくなる。086のクルーである彼を失うわけにはいかない。だが、それにもまして彼女は、自分だけが生き残るようなことはもう二度と経験したくなかったのだ。 「分かった。だけど、くっついていたら、やられるときは二人ともやられる。僕が見える限り距離を開けてついてくるんだ。いいね」  巧はそう言って走り出す。元々なのか、それともレイを慮《おもんばか》ってなのかは分からないが、巧の走るスピードはそれほど速くなかったため、レイも十分ついていくことが出来た。むしろ、気が急《せ》いているせいか、「距離を開けろ」と巧に言われたにもかかわらず、いつのまにかレイは彼のすぐ後ろにいた。そしてそれは見事に裏目に出る。いきなり巧の足が止まったのだ。 「……きゃっ!」 「うわっ!」  巧が止まったのに気づかなかったレイが、そのまま彼の背中に突っ込む。その反動で巧もよろけるが、かろうじて二人とも転倒は免れる。 「いたた……もう、何なのよ……」  思いっきりぶつけてしまった鼻っ柱を押さえながら、レイは巧の顔をのぞき込む。 「ご、ごめん……隼人がいきなり立ち止まったんだよ。で、何だろうと思って上を見たら……ほら」  巧が指さす方を、レイも目を細めて見る。 「……え?」  ようやくレイにもF-16らしい機影が見えたが、それは明らかに彼女たちを銃撃するコースから外れ、彼女たちがいる場所の数百メートル上空を飛び去るように水平に飛んでいた。 「撃って……来ない?」  レイが首をかしげると、巧はうなずきながら言う。 「ああ。どうしたんだろう……」  F-16が彼女たちのほぼ真上にさしかかった、その時だった。  いきなりF-16の排気ノズルから、オーグメンターのそれとは明らかに異なるオレンジ色の炎が吐き出され、それがすぐに濃い黒煙に変わる。  一秒ほど遅れて爆発音。それと引き換えに、F-16のエンジン音が途切れる。  そのままF-16は黒煙を引きながらふらふらと飛んでいたが、突然、機体全体が一気に炎に包まれ、そのまま機首を真下に向けて墜落していく。  それが姿を消した山のふもとから、黒い煙の固まりが立ちのぼる。その約四秒後、大きな爆発音が周囲に響き渡る。 「……」 「……」 「……」  しばらく、誰も言葉を発しようとしなかった。三人共ただ呆然と、沸き上る黒煙を見つめていた。しかしこの時、巧だけが、例の光の点が姿を消していることに気づいていた。  やがて、我に返った隼人が巧とレイの方に振り返る。 「いったい……何が起こったんだ……?」  レイが、土と砂ですっかり汚れた顔を隼人に向ける。 「わからない……だけど隼人、一つだけはっきりしている事があるわ」 「なんだ?」 「あなたがさっき発射したのは、照明弾よ……武器としての威力は、皆無の……ね」 「……え」  そう言ったきり、隼人は口をポカンと開けたまま言葉を失う。  その時、低いかすかな音が三人の耳に入る。明らかに鳥や虫が奏でるものではない、人工的な機械音。 「「「!」」」  三人が同時に身を固くする。徐々に大きくなっていく機械音は、その発生源が彼らに接近しつつあることを明白に告げていた。 「敵か?」隼人は巧を振り返る。 「わからん……が、ジェットの音じゃなさそうだ。レシプロで、小排気量の……あ、あれは?」  巧が振り向いた方向に、レイと隼人も一斉に顔を向ける。  カーブの向こうから、モトクロッサーにまたがった人影が姿を現していた。 「……朱音!」  とたんに顔をぱっと輝かせたレイが、モトクロッサーに向かって走り出す。 「ええっ?お、おい、待てよ!」  隼人と巧も慌ててレイの後を追う。モトクロッサーはレイの手前で止まる。 「レイ、遅くなってごめん……」  モトクロッサーにまたがったままの迷彩服のライダーが、かぶっているジェットヘルのバイザーを上げると、そこには朱音の笑顔があった。  彼女の背中には長さ一メートルほどの黒い筒状のものが背負われていた。それが携帯タイプの対空ミサイル、SA-12グレムリンであることは、一目見ただけでレイにもすぐに分かった。  巧と隼人もようやくレイに追いつく。 「朱音……君だったのか……」と、巧。 「巧、隼人……あんたたちも、無事やってんね。よかった……」  朱音はニッコリと笑顔を見せるが、すぐに表情が引き締まる。 「それで、敵機は?」 「……」三人は誰も応えず、ただ困惑した顔で互いに見つめ合うだけだった。 「どこなの?こっちに飛んできたんでしょ?」朱音がレイに詰め寄る。 「ええ、来たわよ。だけど……墜落したわ」 「ええっ!?ほんとに?」朱音の目が真ん丸に見開かれる。 「ほら、あの煙……見えるでしょ?あれが、墜落現場」  レイは山の中腹から立ちのぼっている黒い煙を指さす。 「……」朱音は呆然と煙を見つめながら、つぶやくように言う。「何が……起こったの……?」 「それは私も聞きたいくらいだわ」と、レイ。 「……そうは言っても、何もなくてF-16が墜落するなんてこと、まずあり得ないでしょ?なんか思い当たることはないの?」 「そうねぇ……そう言えば、隼人が敵機に向かって照明弾を撃ったわね。それで……」 「ちょっと待って」レイの言葉を遮って、朱音は大声を上げる。「隼人!」 「は、はい!」思わず隼人はシャキッと直立不動の姿勢になる。 「あんた、勝手に基地から飛び出して……また命令違反したがいね!レイ、こいつの処分、どうするがん?」 「今の司令はあなたなんだから、あなたが決めるべきだわ」と、レイ。 「ほんならぁ、前科もあれんさけぇ、銃殺やね」朱音があっさりと言うと、 「そうね、それが妥当なところだと私も思うわ」レイもあっさりと同意する。 「お、おい……そんなこと簡単に決めるなよ!」隼人は顔面蒼白となる。 「……ダラ。冗談に決まっとるやろ?」  さも呆れたと言わんばかりに朱音はため息をつく。 「て、てめえらの言い方は冗談に聞こえねえんだよ……」 「だけど、まじめな話、本来なら何らかの懲罰が必要なところだけど……」レイは隼人に向き直る。 「う……やっぱりまた鉄拳制裁か?」  隼人は思わず後じさるが、レイは首を横に振る。 「ううん。それはないわ。私は右肩痛めてるし……」 「代わりにあたしがぶん殴ってあげようか?」朱音がポキポキと指を鳴らす。 「か……勘弁してくれ……」隼人の顔がさらに青ざめる。 「ま、今回は、自らの危険も顧《かえり》みず戦友救出に向かった、という心意気に免じて、不問に伏す、ということにしましょう。橘司令、いかがですか?」 「そんなんで許していいの?……まあ、あんたがそれでいいんだったら、あたしもいいけど」  朱音は仕方無さそうにうなずく。 「いいわよ」うなずいてからレイはうつむき、小声で呟く。「(今日の私は、命令違反を責められる立場じゃないから……)」  しかしそれは、隼人の耳に届いていた。  ”命令違反を責められる立場じゃない……だって?どういうことだ?”  隼人はレイに問いかけようとするが、口を開いたのは朱音の方が早かった。 「そうそう、レイ、なんか言いかけとったね。ごめん。続けてま」 「ああ、そうね。ええと、隼人が照明弾を上に向けて撃ったのよ。それはそのまま上空に飛んで、開傘して……気が付いたら、敵機が墜落してたの」 「なにそれ?どういうことなのか、全然わからないんだけど……」 「ごめん。眼鏡がなかったんで、私もそれ以上のことは分からないの」 「そう……それじゃしょうがないね」  小さくため息をついた朱音の視線が、レイから隼人に移る。 「隼人、あんたがそのM79ソードオフで照明弾を撃ったのは確かなの……?」 「ああ……そのとおりだが……何で敵機が墜落したのか、俺にもよく分かってねえんだよ……そもそも照明弾は直撃もしてねえしな」 「直撃もしないで、どうやって敵機が落ちるのよ!大体ねえ、直撃したって照明弾の威力なんてタカが知れてる。よっぽど至近距離で撃たないかぎりね」 「さすがにそれくらいは俺にも分かるさ。だけど……現に敵機は墜落してんだぜ。俺のせいなのかどうかは知らんが」  隼人は肩をすくめてみせる。 「あんたねえ、そんないい加減なことで……」 「いや、隼人の撃った照明弾が原因なのは、まず間違いないよ」声を張り上げようとする朱音を制して、巧が助け船を出す。 「僕の推測ではね、おそらく敵機は偵察のために|FLIR《フラー》(前方監視赤外線装置《Forward-Looking Infra-Red》)かなんかで地上を赤外線スキャンしてたんだと思う。で、隼人が敵機に向かって照明弾を撃ったわけだが、外れてしまった。でも、その照明弾は落下傘を開いて空中に留まった。照明弾って、赤外線も出すだろ?」 「ええ、そうね。基本的にフレアと同じで、マグネシウム燃やしてるだけだからね」と、朱音。  巧は軽くうなずき、続ける。 「F-16が僕らを銃撃するために降下してた時、ちょうどそのコース上に照明弾があったんだ。突然空中に出現した赤外線源を感知して、正体を探ろうとしたか、あるいはロックオンしようとしたのかもしれない。それでF-16は降下を止め、機首をそれに向けたんだろう。だけど、照明弾はほとんど静止してるようなものだから、あっと言う間に接近してしまって、避ける間もなくそのままエアインテイクに吸い込んだみたいだ。いきなりエンジンが火を吹いたからね。それで墜落したんじゃないかな……と、僕は思う」  レイと朱音は、互いに顔を見合わせる。 「「信じられない……」」

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7pt

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